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岡山地方裁判所 昭和28年(行)14号 判決

原告 橋本きよう

被告 国 外一名

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告国に対し、「岡山県知事が、昭和二三年一〇月二日を買収期日とし岡山鶴田ち第九号買収令書の交付により岡山県久米郡鶴田村大字和田南字寺の上み七五七番、畑一四歩外七歩畦畔の中西半分約六歩(別紙図面のとおり同所に接続する同所七五八番、七五九番の境界を通る直線の延長が七五七番を略々東西に二分するその西半分)(以下本件土地と略称する)につきなした買収処分、及び右土地につき前同日を売渡期日とし鶴田H第一三号売渡通知書の交付によりなした売渡処分の無効であることを確認する。」との判決、被告佐藤に対し「本件土地約六歩が原告の所有に属することを確認する。」との判決並びに被告両名に対し「訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、鶴田村農地委員会は、昭和二三年九月頃、本件土地を含めた久米郡鶴田村大字和田南字寺の上み七五七番全体を、当時加美町に在住していた訴外岩野基の所有に属し、被告佐藤が小作している農地であるとし、自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当するものとして、買収計画を樹立し、所定の手続を経た後、岡山県知事は右計画に基き同年一〇月二日を買収期日として岡山鶴田ち第九号買収令書を同年一〇月中旬頃前記岩野に交付して買収処分をした。

二、又同村農地委員会は同年九月頃、自作農創設特別措置法第一六条第一項により本件土地を含む前記七五七番全体を、被告佐藤賢吾に売渡す旨の売渡計画を樹立し、所定の手続を経た後、岡山県知事は同年一〇月二日を売渡期日とし鶴田H第一三号売渡通知書を同年同月中旬頃被告佐藤に交付して売渡処分をした。

三、然し乍ら、右買収処分は次の諸点の違法により当然無効である。

(一)  本件土地の所有者は原告であるのに所有者を訴外岩野基とした違法がある。即ち本件土地を含む七五七番全体はもと原告の所有であつたが、昭和七年一〇月五日原告はその東半分(本件土地以外の部分)を訴外岩野基に売渡した。然し分筆手続が面倒であつたので七五七番全体を同訴外人名義に移転登記し、同時に、原告の請求あるときはいつでも本件土地を分筆して原告のために登記する旨を約していたものであつて、登記簿上は本件土地も右訴外人の所有名義にはなつていたが、実質上の所有権は原告にあつたものである。従つて本件買収処分は真実の所有者でない者に対してなされたもので、その結果真実の所有者たる原告に買収令書の交付がなく、又土地所有者が在村しているのに不在者であると誤認して買収したことになり、これらの瑕疵は本件買収処分を当然無効ならしめるものである。

(二)  本件土地は小作地ではなかつたのに小作地として買収した違法がある。即ち原告は前記岩野に七五七番地の東半分を売渡した後も本件土地については現実に耕作を続けて今日に至つたものである。従つて本件土地は原告が自作地として耕作していたものであるから、この点を誤認し、本件土地を被告佐藤が所有者から賃借して耕作していた所謂小作地として買収した処分は当然無効である。

(三)  本件土地に対する買収処分は、宅地である東半分の土地を農地として買収した当然無効の処分と合して一箇の処分としてなされたものであるから、当然無効である。即ち本件土地に対する買収処分は前記のとおり七五七番の土地全体を対象とする一箇の買収処分に包含されているのであるが、右買収処分は七五七番地全体を農地として買収したものであるところ、七五七番地の東半分の地上には買収当時既に家屋が建築されており現況宅地であつたことは一見して明白であつたのであるから、東半分の土地に対する買収処分は当然無効であり、これと不可分一体の処分としてなされた本件土地に対する買収処分も亦当然無効と謂うべきである。

(四)  本件買収処分は詐欺及び錯誤に基いてなされた処分である。即ち被告佐藤は本件土地を原告が現に耕作していることを熟知しながら、農地委員会に対して七五七番の土地全体を同被告が耕作している旨虚構の申立をなし、県農地委員会及び県知事をして、右土地が農地でも小作地でもなく又同被告が耕作もしていないのにそうであるかのように誤信させて錯誤に陥らしめ、よつて本件買収処分をなさしめたものである。従つて本件買収処分は当然無効である。

四、仮りに右三各号の違法が取消事由たるに止るとしても、これを綜合すればその瑕疵は重大であり一箇の無効原因となる。

五、前記二の売渡処分は次の諸点の違法により当然無効である。

(一)  右三の(一)乃至(四)及び四において主張したとおり、本件土地に対する買収処分が無効である以上、これを前提としてなされた前記売渡処分も当然無効である。

(二)  又被告佐藤は前記のとおり本件土地について耕作の業務を営んでいた者でもなく、又その職業は司法書士であり、その耕作規模は田一反一畝二二歩(全部貸付地)、畑一反七畝一歩(内六畝一歩同被告自作地)、畑一畝一歩(借地)であつて、自作農として精進する見込あるものでもない。従つて被告佐藤を自作農創設特別措置法第一六条に該当する者として同被告に対してなした本件売渡処分は無効である。

六、よつて被告国に対し前記買収処分並に売渡処分の無効確認を、被告佐藤に対し本件土地に対する原告の所有権の確認を、夫々求め本訴に及ぶ。と述べ、被告佐藤訴訟代理人の抗弁に対し本件の場合には民法第一七七条の適用はないからその主張は理由がないと述べた。

被告国指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告請求原因第一、二項は認める。同第三項中本件土地がもと原告の所有であつたこと及び買収時訴外岩野基の所有として登記されていたこと並びに第五項中被告の職業が司法書士であつたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地は登記面のみならず実体上も原告から訴外岩野基に所有権が移転されたものであるところ、買収時右訴外人は他町に居住していたのでこれを買収し当時一反七畝余歩の農地を経営していた司法書士の被告佐藤の買受申込に基き、同被告に売渡したものである。と述べた。

被告佐藤訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告請求原因第一、二項の事実及び被告佐藤の職業が司法書士であつたことは認める。その余の事実は否認する。本件土地はもと原告の所有であつたが、原告は昭和七年一〇月五日訴外岩野基に対し、本件土地を含めた七五七番の土地全部を売渡し、昭和一九年頃から被告佐藤が右訴外人から期間の定めなく賃借して小作していたものである。と述べ、抗弁として、仮りに原告が右訴外人に対して七五七番の土地の東半分だけを売渡し本件土地は売渡さなかつたものであつたとしても、原告は右訴外人のために本件土地を含めて全部所有権移転登記をしており、被告はその点につき善意の第三者である。従つて原告は被告佐藤に対して対抗できない。と述べた。

(立証省略)

理由

原告請求原因一、二項記載のとおりの買収処分及び売渡処分のあつたことは、当事者間に争がない。よつて原告が買収処分及び売渡処分の瑕疵として主張する各点につき順次検討する。

一、原告請求原因三の(一)について。原告本人尋問の結果及び右尋問結果により真正に成立したと認められる甲第二号証によれば、本件土地を含む七五七番の土地全体はもと原告の所有であつたところ、昭和七年一〇月五日、原告は訴外岩野基の代理人森下百次との間に、岩野基に対し七五七番のうち本件土地以外の部分を売渡す契約を締結したが、その際分筆手続が面倒であつたので、七五七番の土地全部について一応岩野基名義に所有権多転登記をしておき、原告の請求があればいつでも本件土地を分筆し原告名義に登記することを約した事実が認められる。従つて本件土地買収当時における実質的所有権者は原告であつて訴外岩野ではなかつたものと謂うべきであるから、この点を誤つてなした本件土地買収処分は瑕疵あるものと謂わなければならない。然しその瑕疵の程度について更に検討すると、買収処分の名宛人が登記名義人であること及びその登記は原告自身の意思に基いてなされ且つ買収処分時までの約一六年間そのまゝの公示が維持された事情に鑑みると、右瑕疵は取消事由たるに止り、無効原因とはならないものと解すべきである。又真実の所有者たる原告に買収令書の交付がなく、且つ本件土地の所有者が在村していたのに不在者として買収した点は、右所有者の誤認に基く当然の結果であるから、所有者誤認の点が無効原因となり得ないのと同一の理由により、これらの点も亦無効原因とはなり得ないと解すべきである。

二、同三の(二)について。本件土地は前記岩野を所有者として買収処分がなされたのであるから、これを原告の自作地と認めなかつたことは当然の結果であり、又本件土地が被買収者たる岩野の自作していたものでないことは原告自らも主張するところであるが、そうだとすれば、本件買収処分につき前項説示の所有者誤認の点と別個独立に論ずべき「自作地を小作地と認定した」瑕疵は存しないというべきである。而して、本件買収処分に即して岩野を所有者と前提すれば、本件土地が自作農創設特別措置法に所謂農地であつたことは当事者間に争いがないから、買収当時岩野以外の何人が本件土地を耕作していたかということ及びその耕作権限如何の問題はいずれにせよ本件買収処分の無効原因とはなり得ないと解する。

三、同三の(三)について。本件土地の買収処分が七五七番地全体を対象とする買収処分の一部であり、且つ七五七番地のうち本件土地を除く部分が買収時明らかに宅地であつても、本件土地はそれだけでも独立して買収の対象となりうるだけの面積を有する農地であり且つ右買収処分には七五七番地一筆全体を一箇の買収処分で処理しなければならない事情があつたとは認められないから、右買収処分は不可分ではないと解すべきところ、本件訴訟は右買収処分のうち特定された本件土地に対する部分の処分のみの無効確認を求めるものであるから、原告所論の様な本件土地以外の部分に固有な違法原因の存在は、本件土地の買収処分の適否には影響がないもとの解すべきである。従つて原告の此の点の主張も肯認し難い。

四、同三の(四)について。本件買収処分は自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に基くものであることは当事者間に争がないところ、買収時に同号の情況にある土地を買収するについては小作者その他の者の申立は要件ではなく従つてその申立の真否自体は買収処分の効力に直接の関係はない。又買収処分の効力は、処分庁が当該処分をなすに至つた動機又は要素の錯誤の有無乃至内心の意思如何に拘わらず、専らその買収処分が買収理由として外部的に表示する事実が客観的に存在するか否か、或は存在しなかつた場合にその不存在が客観的にどの程度明白であつたか、或はその不存在が当該処分にとつてどの程度致命的であるか等の観点から、判定されるべきものである。(その観点からする判断は既に示したとおりである)。従つて原告の此の点の主張はそれ自体無効原因として不充分であり採用し難い。

五、同四について。本件土地の買収処分の瑕疵は結局その所有者の認定の誤りに帰しその点は取消事由たるに止ること前説示のとおりであるから、原告請求原因三の(一)及び(二)の瑕疵を綜合しても、右買収処分を無効とすべき違法性が生ずるものではない。

六、同五の(一)について。右に説示したとおり、本件土地の買収処分は無効ではないから、その無効を前提とした原告の主張は採用し難い。

七、同五の(二)について。被告佐藤本人尋問の結果によれば、被告佐藤は前記岩野との間に本件土地を含めた七五七番地全体について賃貸借契約を締結し賃料を支払つていた事実が認められるが、右岩野が本件土地の真実の所有者でなかつたこと前示のとおりである以上同被告は適法な賃借権者とは謂い難く、又同証拠によれば被告佐藤が現実に本件土地を耕作したことはなかつたと認められる。従つて被告佐藤を本件土地につき適法な権原に基き耕作の業務を営む小作農として同被告に対し本件土地を売渡した処分は瑕疵あるものと謂わなければならない。然し被告の本件土地に対する耕作権についての認定の瑕疵は、結局本件土地に対する所有者の認定の誤りに帰するのであり、又同被告が本件土地について耕作の業務を営んでいたものと誤認した点については、被告佐藤本人尋問の結果によれば、被告佐藤方において耕作の意思はあつたものゝ、原告の妨害により事実上耕作ができなかつたにすぎない事実が認められるから、右の瑕疵によつては売渡処分が当然無効であるとは謂い難い。又自作農として農業に精進する見込みの有無の判断については、成立に争のない甲第一〇号証及び証人橋本力の証言によれば同被告がその所有農地の約半分である田一反一畝二二歩を他人に貸付けていた事実が認められ、この事実と当事者間に争のない被告佐藤が司法書士を本業としていた事実とを綜合すれば、同被告が自作農として農業に精進する見込みのある者であると認定したことは失当であり、従つてこの点においても本件土地の売渡処分は違法であると謂うべきであるが、他面右証拠によれば同被告はその所有の畑六畝一歩及び他から借入れた畑一畝一歩を耕作していたことも認められるから、右誤りもその程度に於ては強ち明白なと瑕疵は謂い難く、従つて取消事由とはなつても無効原因とはならないものと解すべきである。

以上の結果、原告の請求はいずれも理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 西内辰樹 森岡茂)

(別紙図面省略)

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